バドミントン指導者に競技経験必要?僕の監督は未経験で僕を日本一にした

答えはNO

僕は中学生の頃にバドミントンで日本一になりました。いいえ、正しくはさせてもらったと言う方が正解です。

先輩方でも全国チャンピオンになった方がすでに4〜5人はいましし、オリンピックに出場した先輩もいました。

ですが監督に競技者としてのバドミントン経験は一度もありませんでした。

信じられますか?こんな嘘のような話。

僕はこの監督のもとで日本一になったので他のスポーツでもたまに気にして見ているんですよ。

監督が競技未経験で活躍する人とその理由というものを。

 

鹿島アントラーズ オズワルド オリヴェイラ監督

 

サッカー選手としての経歴は無く、大学卒業と同時にフィジカルコーチへの道を歩む。49歳で初めて監督を務めるが、母国の名門・コリンチャンスの監督で、しかも当初は40日間の暫定監督であった。
2007年より鹿島アントラーズの監督に就任し、就任1年目でJリーグ優勝、さらに天皇杯も制し、2冠を達成した。翌年、翌々年にもJリーグ優勝を果たし、鹿島にJリーグ史上初となる3連覇をもたらした。2011年時点でJリーグ史上最多の国内タイトル(Jリーグ・天皇杯・Jリーグカップ・ゼロックススーパーカップ)を獲得している監督である。

 

知っている方もいるのかもしれませんが、この方もサッカー未経験で日本のJリーグの監督になり名を馳せた監督の一人です。

プロサッカーの監督ですので部活レベルの監督とは立ち位置も目的も全然違います。

プロサッカーチームは技術専門のスタッフ、リハビリスッタッフ、コンディションスタッフ、フィジカルスタッフと全てにおいて分野が分かれています。

そしてそこに一人一人のエキスパートのコーチが存在しています。

プロサッカーの監督がどこまでの仕事をこなすのかは実際にはわかりませんが

プロ野球ではピッチャーの交代も守備位置の変更も全てコーチの判断で行うチームもあります。

監督によってそのやり方はバラバラだそうですが、監督は審判に交代を告げに行き責任だけとるというスタンスの監督もいるようです。

ですがいくら専門スタッフがいるとはいえ誰もが競技未経験でできることではありません。

実際のオズワルド監督の人間性は知りませんがコーチを含めプロのエリート集団をまとめるのですから相当な求心力があることは間違い無いでしょう。

 

県立野洲高校サッカー部監督 山本佳司

小学校の時に少年団でサッカー経験はあるが、本人曰く「いろいろなスポーツをやったうちのひとつという感じ」であり、日本体育大学時代にはレスリングの選手だった。大学4年生の時に交換留学で西ドイツのケルン体育大学へ行ったところ、大学の目の前に1.FCケルンのスタジアムと練習場があり、メキシコワールドカップ前であったためリトバルスキーやマテウスらドイツ代表が普通に練習しているという環境の中、本場の欧州サッカーに触れ、当時スタジアムで出会った風間八宏、足達勇輔、田嶋幸三氏らを車に乗せてフランクフルトまで一緒に観戦しに行くなど、サッカーにのめりこむ。
帰国後、水口東高校を経て、1996年より野洲高校に赴任。「国立」を目指す高校サッカーに違和感を持ち、「世界」を目指すサッカーを提唱し、就任当時、無名で部員数16名しかいなかったサッカー部を2003年の高校選手権に初出場でベスト8に導く。また、同年にはU-17日本代表コーチも務めた。
2006年の高校選手権において、2回目の出場で選手権初優勝を達成。クリエイティブなサッカーで「セクシーフットボール」旋風を巻き起こした。

 

サッカーの監督に偏ってしまって申し訳ないですが、こちらは未経験から高校サッカー部の監督になり全国優勝を成し遂げた山本監督。

現在スペインで活躍する日本代表選手の中でも一番のテクニシャンと言われる乾選手がこちらの学校のサッカー部出身です。

特に学校の先生にありがちなのは固定観念が存在しているという点が一つあるかもしれません。

経験者というのはよくも悪くも固定された観念があるがゆえに枠を外しての考えや指導ができないことがあります。

こちらの山本監督はサッカー経験がなかったが故に高校生サッカーは国立を目指すという常識に違和感を持ちました。

僕はサッカーが好きなので高校サッカーも見るのですが、乾選手が高校生の時にこの高校のサッカーを見て釘付けになったのを覚えています。

それくらい高校サッカーでは異質なサッカースタイルだったのです。

時と場合によっては未経験者の方が無駄な常識を持たずに指導しますし、経験を元に指導しないため枠を外した教え方や試合運びができます。

常識がいかに邪魔なものかを教えてくれるのは未経験の方の方があるのでしょう。

 

まとめ

 

それぞれのカテゴリーによって未経験者とはいえどもそれぞれの求められるものはあるとは思いますが共通して言えるのは一つに「情熱」そして「求心力」があると思います。

僕の監督に至っては圧倒的なこの二つが備わっていました。

実績も十分すぎるほどで教頭先生になることもできたのですが、「教頭になると生徒と触れ合えない」という理由で一度も教頭試験を受けずに教師を退職しました。

やはりそこにあったのは最後までバドミントンの指導者であるという「情熱」であったことは間違いありません。

情熱は経験をも上回るという手本を教えてくれたのです。

 

バドミントン日本代表のパクジュボン(朴 柱奉)監督も勝利への強い情熱を持った方です。

僕はそんな朴監督に、当時の監督と被ってしまうことがよくあります。

見ていると勝利への情熱の強さが一緒なのです。指導者に大切なことは経験ではなく情熱なのでしょう。

朴監督が日本代表の監督になって競技レベルが上がったのも頷けます。

いつか他のスポーツでもいいですから競技未経験者が日本代表の監督になるという夢物語を見て見たいものです。

関連記事

ABOUTこの記事をかいた人

アバター

元バドミントン全日本ジュニアチャンピオン。高校在学時に全日本総合選手権に出場。高校で選手を引退した後、アジア、南米、北米、オセアニアを旅する。アジアでは旅をしながらバドミントンで遊ぶ。帰国後は沖縄の宮古島や淡路島で島暮らし。元バドミントンネパール代表コーチ。元メキシコジュニア代表コーチ。勉強しない子供より、遊ばない大人を心配する37歳。