変わるネパールのバックパッカートレンドと沈没スタイル。カトマンズはどう変わる?

カトマンズで見ることのなくなった日本人

数年前では多くの旅人が沈没(そこの地域から動かなくなること)していたカトマンズ。

2018年今現在では旅人の聖地タメル地区ですれ違う観光客といえば多くは中国系。ヨーロピアンで言えばフランス人が多い印象ですね。

確かに数年前から比べると物価はじわじわと上がりつつあるネパール。

その時代を知っている旅人からするとネパールの魅力が薄れつつあるのも正直なところですね。

あの破格的な安さがネパールの魅力の一つでもありましたから。

 

費用や物価、宿代はどれくらい?

滞在費に関しては下は3〜400ルピー(約3〜400円)からあるものの上はピンキリ。

食事に関してはダルバートと呼ばれる国民食が200ルピー程度から食べれるでしょうか。

野菜チャーハンなどでしたら70ルピー程度からありますね。

僕が個人的に感じるのは食事もそうですが、更に値上がりしているかなと感じるのが衣類関係でしょう。

エスニック的なファッションの多いネパールの衣服ですが相対的な値上がり感は否めません。

※代表的料理ダルバート約200円

 

減る日本の輸入業者

こちらでヘンプやコットン製品を扱う卸元の業者にも伺いましたが日本人の買い付けはかなり減ったとのこと。

考えられる理由としては、

  • エスニックファッションのブーム終焉
  • 値上がりが続き輸入業者としても儲からない
  • 日本の若者がファッションへの投資をしなくなった

このような理由があると思います。

こちらで日本に輸出代行を行なっている日本人の方とも話をすると「今は全く仕事がない状態」とのことでした。

 

日本に送る送料はどれくらい?

タメル地区で買い付けを行なって日本に発想をした場合、おおよその送料は1kg約2000円程度となっています。

こちらではEMSやクロネコやまとが主な発送先となっています。

タメル地区を歩いていると発送できる業者の看板は日本語で書いてある場合もあるので、見つけるのに苦労することはないかと思います。

 

これらの生地で2m x 2mで日本円で約500円程度。地元の知り合いがいるかいないかで値段は変わるかもしれませんが。

 

日本に送るのは安全?

僕自身、海外を周る中で色々な国から荷物を送ったりするのですが、その中でやはり安全な国とそうでない国と別れるんですね。

ネパールに関していうなら、安心して荷物が発送できる国です。

安全でない国というのは、途中で荷物の中身を取られたりということがあります。

個人的な印象では南米が多いかもしれません。

因みに、南米ですとボリビアが荷物を送るのに安全な国と言われていますね。僕自身ボリビアから発送していますが、問題なく日本に着いています。

 

変わりゆくトレンド

多くの旅人がタメル地区と聞くとかつてのバックパッカー時代を思い出すのではないでしょうか。

確かに今現在でもタメル地区は賑わいを見せていますし相変わらずの人混みと排気ガスで混沌としています。

しかし土地や物価の上昇に伴い多くの店が移転をしているのも今のカトマンズを象徴しています。

特に地元の若者のトレンドがタメルからチャムシケルという地区へ変化していっているのです。

チャムシケルにあるミュージックバー。平日だったので客はまばら。

 

タメルからチャムシケルへ

今ネパールの若者の中で注目されているのがチャムシケルというカトマンズの古都パタンの近く。

タメルとチャムシケルを合わせた造語で地元ではチャメルとも呼ばれている地域があります。

まだまだタメルのように魅惑の雰囲気があるわけではありませんが、タメルからも多くの店がこちらに移転をし、どちらかというと洗練とされた店が多くならぶ印象。

夜にはミュージックバーなどで地元の若者が演奏しているので、タメルに飽きた人はぜひ一度寄ってみてください。

パタン地区から歩いて15分程度のところです。地元の人に「チャメルはどこ?」と聞くと教えてくれるでしょう。

 

 

カトマンズの変わる沈没スタイル

そもそもカトマンズに日本人が少なくなり見かけることもあまりなくなったのですが、パソコン一つで稼ぐことができる今の時代、沈没スタイルも変わってきているでしょう。

以前ですと日本人宿で多くの日本人と交流したり漫画を読みながら安い滞在費で旅の疲れを休めていた旅人。

しかし今の時代は宿やカフェでネットで仕事を行いながらできる沈没の時代です。

 

ネットに困らないカトマンズ市内

今現在僕が滞在しているのは観光客が多く訪れるような場所ではありませんが、近くの食堂に行ってもwi-fiが取得できる環境です。

また何よりカトマンズでは定期的な停電がなくなったことでネット環境としても恵まれた場所になったのです。

この衝撃的な環境変化により外に出ることなく生活ができることになったわけですね。

まあ今のカトマンズで外を出歩くということは致死量に近い排気ガスを吸いながら行動することになりますからね。。

 

ネパール地震の影響は

2018年今現在ネパールに滞在していて2015年の地震に関するなんらかの影響を伺うことはありません。

確かに地震の影響で建物が壊れていたりヒビが入っていたりということは見受けられますが、どこかが立ち入り禁止になっていたりというようなことはありません。

それよりも多くのネパール人が日本の支援に感謝をしていたり、日本とネパールは大きな地震を受けたくにということで仲間意識をもているネパール人も多くいます。

上記の画像に関してはネパールの最大サッカースタジアムです。

改装中ということもあり色々壊れていますが、どこまでが地震の影響なのかは正直わかりません。笑

ネパールらしいといえばネパールらしいですね。

 

バックパッカーから仕事人へ

さて以前はバックパッカーで世界を周り、今はJICAの制度を利用してカトマンズ市内で仕事をしている僕がカトマンズでの仕事についても色々お伝えしましょう。

仕事といっても僕の今の役割はバドミントンネパール代表チームのコーチということで、多くの人がイメージしているネパールでの仕事ではないのですが、ご参考までに。

収入はどのようになっているの?

基本的にJICAの制度を利用しているので収入面に関してはJICAから得ています。

大体一ヶ月にして準備金含め8万円くらいの生活費は出ているでしょうか。

まあ旅人ならこの金額でネパールに滞在するということはどれくらい恵まれているかわかりますよね。

宿泊費に関しても僕個人が払うことはないので“ただ”という状況です。

 

ネパール人と働くということ

僕の場合ネパール人と仕事をするといってもネパール人のバドミントンコーチ陣と一緒に仕事をするのである程度の目的は決まっています。

しかし当たり前ではありますが、価値観の違いにはかなりの大きな誤差があるのでそこをどう埋めていくかという感じですね。

もちろん僕の指導方法に理解を示してくれる人もいれば、ついてくるのに中々難しいコーチ陣も。

正直どちらが正解でどちらが不正解ということはないでしょう。

スポーツの場合は簡単です。結果が出れば正解。出なければ不正解といった感じですかね。

でもバックパッカーから他国スポーツの代表コーチを行なっているという人はあまりいないと思うので希少な目線でもあるかなと思っています。

バックパッカー目線と、代表コーチ目線という二つの視点で他国を見ることができる訳ですから。

 

変わるトレッキング層がもたらす物価上昇

以前はネパールのトレッキング層は日本人では若者が中心でしたが、今現在はトレッキング層も高齢化に向かい多くの日本人がネパールトレッキングに来ています。

日本の中でもトレッキングブームがある中でお金に余裕のある層がネパールに来てトレッキングを楽しいんでいるのでしょう。

お金のない若者がネパールに来なくなり、余裕のある高齢層がトレッキングに来る。日本の時代を象徴している流れではないでしょうか。

 

高齢者層が物価上昇させる

以前限られたお金で海外を放浪していたバックパッカーとは違い財布の紐がゆるい高齢者層がネパールの物価を上昇させている一つの原因でもあります。

これは日本の高齢者に限らずヨーロピアンも同じことが言えるでしょう。

彼らが悪いという訳でもありませんが、それで潤っている地元のネパール人がいるのも確かなこと。

しかし、物価の上昇に悲鳴をあげている地元民がいるのも確かなこと。

どちらが良くてどちらが悪いという答えはないと感じるのが個人的な印象です。

 

まとめ

いかがだったでしょうか、旅人の聖地として名高いネパールの現在は?

僕自身、旅人としての目線とナショナルのコーチとしての二つの視点でネパールを見てみました。

以前のように日本人が考える「旅人としての聖地感」はかなり薄れて来た印象です。

僕自身が年齢を重ね、現時点で旅人という立場ではなくコーチとしてネパールに滞在しているという理由もあるでしょう。

今後多くのバックパッカーがどのようにネパールを見ていくのか、またネパールがどのように旅人の聖地として変わりゆくのか個人的にも興味があるところです。

 

 

関連記事

ABOUTこの記事をかいた人

アバター

元バドミントン全日本ジュニアチャンピオン。高校在学時に全日本総合選手権に出場。高校で選手を引退した後、アジア、南米、北米、オセアニアを旅する。アジアでは旅をしながらバドミントンで遊ぶ。帰国後は沖縄の宮古島や淡路島で島暮らし。元バドミントンネパール代表コーチ。元メキシコジュニア代表コーチ。勉強しない子供より、遊ばない大人を心配する37歳。