バドミントン「シャトル飯」で生きる方法を5つ考えてみる

まあブログ飯にちなんでバドミントンで飯を食うにはと考えた時に浮かんだ語呂。

「シャトル飯」って話ですよね。

バドミントンんで飯を食うにはどのような道があるのか考えてみました。

さてどれほどあるものなのか。

 

SJリーガー日本リーガーになる

まずは誰もが考える道ですね。

これって実は他のプロスポーツに比べて相当安定している道って知っています?

だって考えてみてください。

サッカーのJリーガー。実は月収10万円代〜20万円代ってめちゃくちゃ多いんですよ。

ついつい日本人は日本代表選手ばかり見てあの人たちがなんとなくの基準になりがちですけど、J2の選手だったりJ1でも試合に出れないような選手だったりするとそんな選手はざら。

ついでに言えばサッカーの世界は契約の世界なので大きな怪我をして半年でも棒に振れば「来期の契約は無しで」となります。

それで言えばプロ野球も同じ世界です。

僕たちはテレビに出ている1軍選手ばかりにフォーカスしがちですけど2軍選手では年俸200万円代は多くいます。

それプラストレーニング代や食事やプロテイン、体のメンテナンスとなれば年俸1000万でも手元に残らないとある選手は言っていました。

 

一方バドミントン

多くの企業は優良企業と呼ばれるところが多いですね。1部も2部も。

一部の企業を除いては選手として引退した後にそのまま企業に残ることができます。

大きな企業が多いので給料的には(安いところもあるけど)安定はしていますね。(今のところね)

まあこれは金銭面に限った話ではありますけど。

でもバドミントンで入社した為に仕事では他の社員と差が出て引退した後は仕事についていくのが大変。

企業によってですがそういう現実もあるのも正直な話。

今バドミントンでシャトル飯を考えている学生はここら辺について先輩リーガーに話を聞いておくのも大事なことかもしれません。

選手を引退した後に会社に残らない一部の人はそういった理由もあるのも確かです。

きっと少し考えればなんとなくわかると思いますよ。引退した選手が企業に残っているのが多い企業と移籍や退社をするのが多い企業。

移籍に関して言えば実は色々複雑な事情がある世界ではあるんですが、そのことについては自身でリーガーになって経験して学んでください。

まあ考えようによっては他のスポーツ競技よりも金銭的な面に関しては比較的安定している競技かもしれません。

入社する企業と考えようではありますけどね。

 

学校の先生

このシャトル飯を選択する人は多いかと思います。

高校卒業→大学卒業→教師という昔からの既定路線。

または大学卒業→リーガー→教師という人もいますね。

どちらかというとリーガーになるよりもハードルは多少低いかもしれません。

こちらも金銭的な面でいうと安定もしていますし学校の先生に憧れている人にとっては最高の仕事かもしれません。

ただ部活を持って教師をやるとなると個人的には私立高校の教師をお勧めしますかね。

 

今の時代の教師は・・・

僕も色々な友達がいるもんで小学校教師、中学校教師、公立高校教師、私立高校教師と全て揃っているんですが彼らの話を加味すると私立高校の教師が一番良いのかなと。

公立高校も悪くはないんでしょうが、バドミントンを教えるとなると私立が何かと融通も聞くしいいのではないかと思います。

小学校、中学校の先生はかなりしんどいイメージです。

まあこれも個人的な感想なんでシャトル飯で教師を考えている人は各カテゴリーの教師の先輩方にじっくり話を聞くのがいいと思います。

今の時代教師という世界はなかなかのブラック企業なんでね。

生徒が先生をはめてクビにする。先生同士の人間関係。勤務時間が地獄。

そんな話はニュースの世界だけではないことを承知の上で教師になることを個人的には勧めます。

 

クラブチームの監督

これは地域によって様々かもしれません。

バドミントンが盛んなところでは中々おいしい仕事と聞いたこともありますよ。(収入面でね)

もちろんコーチングを行う人のスキルというものが重要にはなってきますけど。

でもある程度の都市なら大抵はクラブチームってあるもんですよね。

それに今は法人で指導専門のスクールだったりも増えてきていますし。

例えば僕の地元の北海道であったりするとこのようなバドミントン専門のレッスン指導だったり。

ノーススタークリエイション

こちらを運営している人方々は学生時代の先輩たちですがスキルや実績が十分あってできることでもあります。

それでもバドミントンが好きだと言う人ならば必ずしも今までの実績だけとは限りません。

選手として実績がなくてもコーチとして結果を残す人も十分いますから。

プレーが苦手=教えることも苦手 とはなりません。

実際に以前の記事でも書きましたけど僕を教えてくれた監督はプレー経験なしで僕や他の方々を全国チャンピオンやオリンピック選手に育てましたから。

ですので本当に好きな人は自分でクラブチームを持って指導してもいいかもしれません。

シャトル飯になるかはわかりませんが、本当に好きな人はお金じゃないですもんね。

 

ショップで働く

これも一つのシャトル飯としての生き方ですね。

スポーツショップもあればバドミントン専門のショップもありますから。

もっと言えばメーカーで働くこともできますね。

ヨネックスのような大手でなくとも他もメーカーやそれに付随する企業というのも色々ありますから。

こちらも企業を選ぶことさえしなければ比較的ハードルの低い選択肢かもしれません。

時には大会にショップとして参加し観戦することもできるかもしれませんし、

時には仕事という名目で大会に参加して楽しむこともできますしね。

運が良ければ憧れのリーガーと直接関わることだって可能性は低くない仕事です。

バドミントン用品やその他の用品に関しては選手よりも知識が深まる専門職ではありますね。

 

バドミントン専門ジャーナリスト

これってこれからできる新しいジャンルでもいいんじゃないですかね?

今のバドミントン界の流れからいってある意味狙い目のシャトル飯のような気もしますが。

まだバドミントンを見るジャーナリストの目も育ってきてませんしね。

もしくはバドミントンマガジンに就職するとかそういう選択肢になりますけどこれは相当ハードルが上がる気がします。

いわゆるライター業になりますからね。バドミントンのスキルだけでは解決できません。

なのでそこそこ専門的に語れる人はこのジャンルを築きあげても良さげ。

または動画で解説しても面白いかもしれませんね。ニコ生みたいに。

バドミントン専門の動画サイトを作った友人も今でこそこの世界ではメジャーになりましたが本人の努力と見極めの目、そして運が今の流れに乗せましたね。

今に至るまでもここには書けないような四苦八苦が色々ありましたからね。

企業に属すのは嫌だ!それでもシャトル飯が食いたい!

そう考える人はこの選択肢ありじゃない?

今ならブルーオシャンかもよ?

 

プロ選手になる

これは難度E級のハードルの高さですね。

今のところ実現できたのは池田信太朗君ぐらいでしょうか。

それでもクラウドファンディングを使ってのプロ選手でしたからね。

僕らがイメージするプロスポーツ選手とは多少収入面でのギャップはあったかもしれません。

ただやはりパイオニア的な面で一つの道をこじ開けたのはすごいと思いますし、今評価されているように一生死ぬまで評価されることでしょう。

まあ彼の場合ルックスという武器があったのも否めない事実ですが。笑

でもそういう人ってちゃんと時代や運とマッチするようにできているんですね。

バドミントンの人気が上がってきた頃に世界で結果が出だしてメディアも注目し、クラウドファンディングというシステムが一般的になる。

この時代に生まれてこないとただのバドミントンの強かったイケメンで終わりますから。

こういう星の元だったんでしょう。

ただ彼がこじ開けた穴はこれから後輩の道しるべになることは間違い無いですね。

きっとまだ出てくると思いますよ。特に女性選手は。

プロ選手が生まれてくることによって海外リーグへの参戦が増えてきたり、新しいバドミントンのスポーツスタイルなどが出来上がるかもしれませんね。

このブログで再三言っていますが男子なんかは学校卒業と同時に海外へ行ってプロ選手になる選手が普通になる時代が来て欲しいですね。

その方が絶対的に個人としても日本のバドミントンとしても色々な引き出しは増えますから。

これぞまさにシャトル飯かもしれません。

 

まとめ

いかがでしたシャトル飯?

今のところ僕が思いつくシャトル飯を5つ挙げましたが自分が適しているのはあったでしょうか?

僕自身は学生時代にバドミントンで飯を食うというイメージが湧かなかったのでリーガーという選択肢は取らなかったです。(端くれながらオファーはありました)

怪我があったからということもありますが、バドミントンで飯を食うというイメージが湧かなかったんですね。

まあ人生は自分の生きたいように生きるのが一番なんで今の生き方に後悔はないですけど。

これからシャトルで飯を食いたい人の参考になれば幸いです。

選択肢は以外に少なくないこの世界。

若者よ目指せシャトル飯!

こんな道もあり↓

 

 

 

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元バドミントン全日本ジュニアチャンピオン。高校在学時に全日本総合選手権に出場。高校で選手を引退した後、アジア、南米、北米、オセアニアを旅する。アジアでは旅をしながらバドミントンで遊ぶ。帰国後は沖縄の宮古島や淡路島で島暮らし。元バドミントンネパール代表コーチ。元メキシコジュニア代表コーチ。勉強しない子供より、遊ばない大人を心配する37歳。