海外でロックダウン経験者の僕が語るこれからの生活

僕の独り言

豚インフルエンザでロックダウン

2008年あたりに南米を旅していた際、突如として南米で流行した豚インフルエンザの真っ只中にいました。

当時はスペイン語でテレビを見るほどの語学力もなく、現地の情報が全く入ってこない状態。南米全土のロックダウンを知ったのは日本からの情報でした。

南米では外出禁止令や国境封鎖など日本よりは比較的起きやすい国々だったので、多少頭にはあったのですが、いざロックダウンがかかると心理的な同様は多少あったかと思います。

しかし、現地ではそんな報道もどこ吹く風といったような雰囲気で、特段生活が何か変わったかと言われるとそんなこともありませんでした。

もちろん、同じウイルス問題でも今のコロナウイルスとは状況が違ったのがありますが、南米全土の空港が封鎖されて缶詰状態になったのは確かです。

海外でロックダウンを食らっている友人などを見ていると、今のロックダウンは流石に外国人にとっては厳しい状況が続いているのではないかと想像しています。

ネパールでデモ

国の情勢が不安定な国では度々街中でデモが発生します。デモといっても日本で起こるような平和的なデモとは違い、道端でタイヤなどが焼かれ黒煙が舞い上がるようなデモです。

ネパールでデモが起こる場合は前日にそれとなく噂が流れてきます。

「明日はバンダ(デモ)があるから外には出ないように」と。

そして日本の外務省からもメールでの通達があります。

「明日は首都のカトマンズで大きなデモが起こる可能性があるので不要な外出はしないように」と。

一般的な日本人からするとそれらに対する免疫はないと思うので、やはり最初にそんな通達がくると心理的な同様は走ります。

実際にはさほど大きなデモが発生したことは無かったのですが、これらの通達は2、3度経験をしています。

海外でこれらのようなことを何度か経験していると、国内でロックダウンがかかったとしても国内なので特に不安に感じることはありません。

日本でも外出禁止になる

日本も数日後には外出禁止令が出るのは当たり前のこととして捉えています。ならなかったら相当な奇跡ぐらいの感覚で、いずれは欧州と同じような状況が起きるのは確実ではないかと。

これが終息したら以前のような当たり前の毎日が、、、と考えている人が多い気がしますが、以前のような日々は難しいのではないでしょうか。おそらく様々な形態や常識が変わっていくこととなるでしょう。

さて、問題は外出禁止令が出た時に家の中で何をするか、ということです。

すでに各国のニュースを見ていると外出できないことがストレスでDVが増えたり、ストレスで健康を害したりと二次被害が出ています。

先に起こっている状況を反面教師としながら僕たちはその状況を乗り越える必要があるのかもしれません。

ネットはロックダウンしない

僕は外出禁止に向けて、ネットでの活動をさらに活性化させる予定です。

僕の場合はブログやwebライティングなどで収益をあげるコンテンツは持っているので、家の中でできることといえば、これらを活用すること。

引きこもりが揶揄されていた時代に引きこもりが国から推奨される時代に入ってきたのです。

今回、ネットで生計を立てている人や、ネットで生活をしているような人がダメージの少ない業種かもしれません。

ブログで収益を作っている僕のブログから見ると、明らかに室内でできるバドミントングッズやトレーニング器具などの売り上げは上がっている状態です。

外出禁止になれば多くの人は家の中でスマホをいじるだけの生活になるので、その暇つぶしになれるような記事もアップしていきたいと思います。

ストレス発散の何かを確保する

外出禁止になると、今までずっと家の中にいなかった人がいる状態になるので、その状態になれていないと些細なことから喧嘩やストレスが生まれます。

そうなる前に、室内でもできる自分なりのストレス発散方法を発見しておくと良いのではないでしょうか。

子供がいたり、外に出なければ発散できないという人もいるかもしれませんが、できるだけ早いうちに家の中で発散できる自分なりの何かを見つけておかないと、後々大変になるかもしれません。

欧州で起きていることを対岸の火事と捉えるのではなく、次は我々にも起こることとしての準備が必要なのではないでしょうか。

心理的な面において

今現在、世界中で起こっていることは人類自体が直面している新たな時代の局面です。

もしかすると、全ての人間が絶滅していなくなるかもしれないし、もしかすると人口が半分になり新たな世界が生まれる瞬間に立ち会っているのかもしれません。

人間はいつか必ず死にます。

それらを踏まえた上で今後どのような精神状態が好ましいのか考えてみましょう。

不安はいらない

様々なニュースや、この記事を読んでいて途中で不安になった人もいるかもしれませんが、基本的に不安は無駄な感情の一つです。

人は必ず死ぬということを念頭に入れておけば、それ以外の不安はありません。

もし自分がこの先何に不安を抱いているのかが分かるとなると、各々が今持っている執着心が分かるかもしれません。

収入が途絶えるのが嫌な人はお金に対する執着心。自らが貧しくなるのが嫌な人は贅沢な生活に対する執着心、老後が心配な人はまだ見ぬ未来へ対する執着心と。

定義を変える

僕たちは知らず知らずのうちに、自らの定義を作り込んでいます。

幸せ=お金持ち

安定=いい会社

見えない将来=不安

と、いった具合に。

さて、これからの未来は全く誰もが想像できず、全ての常識が通用しない時代に入ってくるでしょう。

だからこそ不安だと感じる人は、今まで勝手に将来を安心していた人。一日一日状況が変わっている今では明日、国も自分もどうなっているかは分かりません。

何が起きるか分からない人生を楽しむ楽観的思想が必要なのと、自らが作っていた定義を変える必要があります。

見えない将来=不安という、図式の定義を持ち合わせているのなら見えない将来=アドベンチャーという風に、本来人間が楽しむべき生き方に戻っただけと考えてみてはいかがでしょうか。

今日が残りの人生最後の日

ここまで来てようやく僕たちも自分の人生が毎日最後の日だと思って生きれるのかもしれません。

僕たちは生活をしている中で、いつ人生が終わってもおかしくない状況にいることを忘れがちです。

脳梗塞で死ぬかもしれないし、事故で死ぬかもしれないし、誰かに殺されるかもしれない。

そんな状況はいくらでもあるのに、毎日を最後だと思って生きておらず、無駄に過ごしてみたり、他人に時間を割いてみたりと、本来自分が味わうべき人生を味わっていないのではないでしょうか。

今回コロナウイルスで亡くなっている人々も発症するまでは他人事と思っていたように、僕たちが発症して数日後には死ぬ確率は、低くはありません。

そう考えたときに、それでも尚無駄な人生を垂れ流すのか、それともこれきっかけで本当の自分の人生を歩く道を選ぶのか。

答えは明白なのではないでしょうか。

まとめ

「ロックダウンも外出禁止も必ず起きると思って生活してね」

僕の年老いた両親にはこう言っています。起きてからあれやこれやと心配されても仕方がないので。

生き残っていく人々はしばらく、インドアが推奨される時代を過ごすことになるのかもしれません。

映画のような世界がこれから始まるのかもしれませんが、これは始まりの始まりに過ぎないのではないかと勝手に考えています。

ただこの事態が大きくなることがあったとしても、必ずしもやばい時代になるかと言われると、とてもそうとは思えない。

根拠はないですが大恐慌=不安という定義が自分の中にないだけのことです。

不謹慎と言われるかもしれませんが、僕個人としては地球規模での変革にゾクゾクしているほどです。

 

タイトルとURLをコピーしました