憧れられた20代。心配された30代前半。突き抜けた30代後半。

世界を旅して帰国をするということ

約1年半、世界を旅して帰国すると多くの友人は僕の話に耳を傾けた。

長らく世界を旅した人は必ず同じ質問をされる。

「どこの国が一番良かった?」

「危険な目にあわなかった?」

「英語は喋れるの?」と。

こんなこと言っては申し訳ないんだけど、正直同じ質問が多すぎて答える側というのは飽きてしまっていることもあるのが事実。

これは僕だけに限らず、世界一周した人や旅をする仲間は皆同じ思いをしている。

聞かれることに飽きているというより、毎回同じ答えをする自分に飽きている。

もちろん聞いてくれるということはとてもありがたいことではあるのですが。

 

多くの人が憧れる旅する人生

長旅から帰国した時は27歳だった。

“旅する生き方”は20代に限らずいくつの年代の世代でも憧れている生活。

だからこそ、興味を持って聞かれるし自分の体験していないことを体験している人の話が面白いのもわかります。

僕だって、自分が体験していない人の話を聞くのはとてもワクワクして面白いことでもあるし。

だからこそこの時期は周りの友人からも憧れられたし、賞賛もされた。

「すごいね。勇気あるよね」って。

でも、周囲の多くは現実的な生き方を選んだ。

 

マジョリティとマイノリティ

30代に入るあたりになると、周りの友人は結婚をしマイホームを建てだした。

35年ローンを考えると妥当な年頃だし、結婚して家族を持つのが一般的な生き方というのももちろん理解できる。

それらがマジョリティ(大多数)的な生き方だとすれば僕はマイノリティ(少数派)の生き方をしていた。

帰国後、もう一度海外に出るために色々なことをやってお金を貯めたり、海外で生きるためのスキルを身につけていたりした。

そんな時にある知人に言われた。

「いつまでそんなことやってるの?そろそろ落ち着かないの?」

そしてある人には、

「将来のこと考えてるの?」

マイノリティな僕はマジョリティの意見に思いっきり左右されてしまった。

30代前半のことだった。

 

油の中で泳ぐ魚のように

毎日が座り心地の悪い椅子に座るように、毎日が油の中を泳ぐ魚のように生活をしていた。

“自分は取り残されていってるのではないか”

そんな錯覚と戦っていた30代前半。

周りの視線が怖かった。

「あいつ、いい歳してまだふらふらしてる」

「結局旅なんかしても日本では肩書きにもならないよね」

そんなことを思われているのではないか、僕の人生が憧れられていたのは単なる表面ヅラで本当はおいてかれている僕を見て見下されているのではないか。

周囲と同じ生き方ができず、同じ考え方ができない僕はダメな人間なんではないだろうか。

そんな考えを持つようになった。

30代前半のことだった。

 

覚悟を持ってドロップアウト

無理だった。

やっぱり日本で生活をしても周囲と同じような人生を歩くことは自分には無理だった。

何を持って普通の人生か分からなかったし、周りと同じような生き方を向こうとすればするほど、体と心が拒否反応を示した。

そして30代半ば。

僕は覚悟を持ってドロップアウトすることを選択した。

“無理だ。僕には会社員的な人生は苦しくて仕方ない”

そして、自分が今日死ぬとしたら何がやりたいか、どこで生活をしたいか自分の心に問いただすと沖縄での生活をしてみたいと感じた。

何一つ迷うことなく荷物を全て車に詰め込んで北海道から沖縄に向かった。

それを決めたのはたった一日の出来事。

いい歳をして一般世間からのドロップアウト。

不思議なそして不気味なワクワク感だけが唯一の心の指針となった。

 

貫く

全てを自分の感じるままに生きることにした。

考えるのではなく感じるがままに。

その後呼ばれるように、淡路島へ移住しネパール代表のバドミントンのコーチにも就任した。

1人の友人のために書いた本が反響を呼びトークライブを行うことになった。

地元の北海道では店を出し、アメリカのセドナに呼ばれメキシコではマヤ族と生活をしていた。

ただただ流れるままに、時には振り返りそうになる自分の過去と闘って、時には周囲の反応に惑わされながらも。

自分の生き方を信じるのはマイノリティには容易いことではなかったが、後には引き返せなかった。

引き返すタイミングはいくらでもあったが、貫くことしかできなかった。

 

変わる周囲

「お前の生き方面白いと思うよ」

「できるならそんな人生送ってみたかった」

「私には無理。でも羨ましい」

30代後半に入ってくるとそんな声が周囲から聞こえるようになってきた。

“色々ある年頃だからな”

ここらを境に、40代、50代60代と色々ある年頃が続くのかもしれない。

仕事、家庭、人間関係、夢、人生、死生観、孤独、悩み。

これらのことを否が応でも考えてしまう時期。

だからこそ、僕の生き方はそんなものと無縁に見えるのかもしれない。

そんな自分を周囲は今度は逆に僕と見比べているのかもしれない。

僕を認めるというよりは、

「お前はそのままいけよ。それじゃなきゃらしくないよ」

そんなことを言われるようになった。

 

これから

これからどうなるかなんて分からない。

僕の友人が目の前で死んでいったのを見るように、明日僕は死んでいくかもしれない。

でも明日もし誰かが僕のこめかみに拳銃を突きつけたとしても僕は

「弾けよ」

そう言える。

やり残したことはないか?そう言われても

「ねえよ」

そういえる。

そんな僕の独り言。

 

 

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元バドミントン全日本ジュニアチャンピオン。高校在学時に全日本総合選手権に出場。高校で選手を引退した後、アジア、南米、北米、オセアニアを旅する。アジアでは旅をしながらバドミントンで遊ぶ。帰国後は沖縄の宮古島や淡路島で島暮らし。バドミントン元ネパール代表コーチ。元メキシコジュニア代表コーチ。一般社団法人JADP公認メンタル心理カウンセラー&上級心理カウンセラー。勉強しない子供より、遊ばない大人を心配する37歳。