子供が教えてくれたサンタクロースを信じることの本質

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僕は結婚はしていませんがシングルマザーとその娘(6歳)と一緒に生活をしています。彼女たちとの関係はシェアメイトではありますが関係性は家族同様。ほぼ一緒に行動しているので友人の中では家族だと思っている人も多いくらいです。そんな彼女の娘から教えられた「サンタクロースを信じることの本質」に驚かされました。

 

子供にサンタが来るのは単純に“信じている”から

クリスマスイヴの夜に彼女の娘の枕元にそっとプレゼントを置いてお風呂に入っていた時です。ふと“なぜ子供は願いが叶うのか”と思いました。

答えはすごく単純。

子供はごく純粋に一点の曇りなく「サンタさんがプレゼントを持って来る」と信じているからもらえるのです。

え?言っている意味がわからない?親がサンタさんの役をやるから子供はプレゼントをもらえる?

全く持ってお話になりませんね。笑

 

子供の信じる心が大人を動かす

僕が自分の子供でもないのに、この子にプレゼントを買ったことに理由はありません。プレゼントだけなら母親からもらうプレゼントだけで良いでしょう。

しかし、僕がついつい子供にプレゼントを用意したのはこの子がピュアに「サンタさんがやって来る」と信じていたから大人の僕を動かしたのです。

その信じるピュアな気持ちに大人の僕は叶いません。子供の“信じる力”は周囲を巻き込むことができるのです。

この衝撃的な事実の意味わかりますか?そうです。世の中は信じるだけで何事も叶うんです。これは子供だけに与えられた特権ではないんです。

大人でも信じることさえすればなんでもやりたいことは叶うのに、様々な知識と様々な失敗を経験してしまった多くの大人は信じ切ることをやめてしまっているのです。

 

「現実には」という言葉で自分を誤魔化す

サンタさんって現実的には存在しないものなんです。でも、現実で存在しなくても子供達の信じる強い気持ちが世の中に多くのサンタさんを作りすのです。

これって本当にすごいことだと思いますし実際の世の中の真理でもあるってことですよね。現実には存在しないものから、存在を作り出すんですから。

でも大半の大人は「いや、そんなこと言ってもそれは子供だから、大人は現実的には・・」と言い訳をしたがります。

それは「そんなの現実的には無理」という否定的な意見を信じているから。何を信じるかは人それぞれ自由ですし、信じたものが全てです。

多くの大人は「現実には」という言葉好きですもんね。この言葉、子供は持ち合わせていないのに。子供の辞書に「現実には」とはないということです。なので現実も空想もないからこそ願いは叶うんです。

 

子供が僕に教えてくれた世界の本質

入浴中だった時にこの事実に気がつき“はっ”としましたね。信じることの大切さ、それはわかっていたつもりでしたがやはり“つもり”

子供と生活することを通して神様が世界の本質を教えてくれているようでした。

“信じることが全て”

「なぜなら全てはこの子が答えを見せているよ」と、言われているようでした。

クリスマスイヴの夜に子供にプレゼントをあげたつもりが、もっと大きなプレゼントを返してもらいましたね。

 

遊んで暮らすことなんて無理

そう思って信じている人は、遊んで暮らすのは無理なんです。なぜなら「そんなのは無理」と信じているから。

でも実際に僕は遊んで暮らしています。もっと言えば一緒に生活している女性も仕事はしていないので、毎日3人で遊んでいるだけという生活です。

朝起きて「今日は何して遊ぶ?」から始まって夜寝るまで遊ぶ。週末はイベントに行って遊ぶ。毎日がこんな感じ。

“現実には”そういう人間も存在してるんです。別に特別なことをしているわけでもありません。収入だってあると言えばあるけど、ないと言えばない。特に問題視していないという感じです。

現実的に「収入がなかったら」とか「自分の周りでそういう人がいないから」とか考えてしまう大人は無理。

僕はどちらを信じるかという中で「遊んで暮らすことは可能」ということを信じているからできているだけ。それ以外に特別なことなんてしていません。

ここまで読んだあなた。これから何を信じて生きて生きますか?答えはこのブログに書きましたよ。やりたいこと、叶って欲しいことは全て願えば叶うんです。

子供がそんなことを僕に教えてくれました。

 

 

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元バドミントン全日本ジュニアチャンピオン。高校在学時に全日本総合選手権に出場。高校で選手を引退した後、アジア、南米、北米、オセアニアを旅する。アジアでは旅をしながらバドミントンで遊ぶ。帰国後は沖縄の宮古島や淡路島で島暮らし。元バドミントンネパール代表コーチ。元メキシコジュニア代表コーチ。勉強しない子供より、遊ばない大人を心配する37歳。